東京地方裁判所 平成2年(ワ)14513号 判決 1993年3月25日
主文
一 被告は、原告に対し、昭和六〇年九月六日から別紙物件目録記載の建物の明渡済みまで一か月金五万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
理由
建物明渡請求について
1 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがないから、進んで、抗弁1、2について検討するに、右争いのない事実と<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件建物は、昭和五四年四月に本多及び林の持分各二分の一の共有となつたが、一階部分は本件店舗を含む四個の貸店舗、二階部分は居室から成つており、宮本某が本多及び林から本件店舗を賃借して飲食店を営業していたほか、林自身も、これに隣接する一店舗と二階の部分の一部につき本多の持分を賃借して飲食店を営業し、本件建物の他の貸店舗からの賃料収入は本多と林が各持分に応じてこれを取得していた。
(二) 本多は、昭和五七年四月、宮本が本件店舗から退去した後、大成商事不動産こと大沢一夫(以下「大沢」という。)の仲介により、本件店舗を被告に賃貸することになり、同年五月二一日、共有者の代表として、被告との間で、期間は同年五月一日から三年間、賃料は一か月一〇万円、毎月末日限り翌月分払い、保証金は五五〇万円とする約定により本件賃貸借を締結した。
(三) 被告は、その際、本多の連帯保証により昭和信用金庫から六〇〇万円を借り受けて右保証金の支払に充て、本件店舗の引渡を受けた後、昭和五七年六月飲食店を開業し、賃料を右店舗の管理人である大沢に支払つていたところ、同年九月ころ、林から賃料の支払先について問い質されたが、大沢において右事情を説明した結果、林の了解を得られた。
(四) 昭和五七年一二月、本件建物について本件根抵当権の実行による差押えがされるに至つたが、被告は、こうした事情を知らずに本件店舗の賃借を継続し、昭和五八年三月分からは賃料を本多に直接支払い、昭和六〇年四月三〇日、共有者の代表である本多との間で、期間は同年五月一日から三年間、賃料は一か月一一万円と定めて本件賃貸借の更新をし、本件競売により本多が本件建物の甲持分を喪失した同年九月まで賃料を引き続き同人に支払つていた。
(五) 一方、本多は、昭和五四年三月二二日、林との間において、同人所有の乙持分につき停止条件付持分移転契約を締結し、昭和六〇年九月五日自己の甲持分が本件競売により売却されたことに伴い右停止条件が成就したとして、林に対し乙持分の全部移転登記手続を求めて別訴を提起したため、同年一二月ころ、被告に対し、別訴が係属中であることを理由に、賃料は受領できないので被告において保管するよう指示した。
(六) 被告は、右指示に従い、賃料の支払を留保していたが、昭和六一年二月、登記簿謄本により原告が甲持分を買い受けたことを知り、同年三月ころ、原告方に赴き賃料の支払方法を相談したところ、賃料は受領できないが弁済供託の方法がある旨の教示を受けたため、同年三月一七日、原告及び林を被供託者として、昭和六〇年一〇月分以降の賃料を供託した。
(七) 本多は、平成元年一〇月一三日、別訴における勝訴判決の確定により林から乙持分を取得し、同年一一月二日その持分全部移転登記を了したので、平成二年一月ころ、右のとおり勝訴した旨被告に通知し、被告が、原告及び本多を被供託者として引き続き本件店舗の賃料を供託していたところ、同年一一月、原告において本訴を提起した。林は、平成三年一二月に本件建物から退去したが、それまでの間、被告の本件店舗の占有使用を熟知しながら、その占有使用や賃料の支払等について苦情や異議を述べたことは一切なかつた。
2 ところで、共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は、その者の占有使用を承認しなかつた共有者に対して共有物を排他的に占有する権原を主張することはできないが、現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので、第三者の占有使用を承認しなかつた共有者は右第三者に対して当然には共有物の明渡を請求することはできず、このことは、第三者の占有使用を承認した原因が共有物の管理又は処分いずれに属する事項であるかによつて左右されない(最高裁昭和六三年五月二〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号七一頁参照)。そして、この理は、共有物たる建物につき抵当権者に対抗し得る短期賃借権が共有者の協議に基づいて設定されたところ、その期間が、共有者の一部の者の持分につき抵当権実行による差押えの効力が生じた後に満了した場合の、当該持分の競売による買受人と賃借人との関係においても妥当し、賃借人は、その現にする占有がこれを承認したその余の共有者の持分に基づくものと認められる限度で右建物を占有使用する権原を有するものと解するのが相当である。けだし、右の場合においては、差押えに係る持分に関する限り、賃借人はその合意更新ないし法定更新をもつて抵当権の実行による当該持分の買受人に対抗することはできないから、右買受人は、共有物につき第三者の占有使用を承認しなかつた共有者に準じて考えられるからである。
3 これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、本件賃貸借は、昭和五七年五月、既に抵当権が設定されている共有物たる本件建物の甲持分を所有する本多が、右建物の一部である本件店舗につき、共有者の代表として、被告との間で設定した民法三九五条により抵当権者に対抗し得る短期賃貸借であり、遅くとも同年九月ころには、乙持分を所有する林も右賃貸借を承認した結果、被告は共有者の協議に基づいて本件店舗につき右貸借権を取得したものというべきところ、その期間が、甲持分につき本件根抵当権の実行による差押えの効力が生じた後に満了したことが明らかである。したがつて、本多が共有者の代表として被告との間で右差押え後にした本件賃貸借の更新は、甲持分に関する限り、その抵当権の実行による買受人である原告に対抗することはできないが、前記事実に照らすと、乙持分の所有者である林は、本多のした右更新を承認しており、少なくとも乙持分に基づき被告の占有使用を承認していたものといわざるを得ない。そして、本多は、本件競売により喪失した甲持分とは別に、その後別訴の勝訴に伴い乙持分を林から取得したことにより、乙持分に基づき被告の占有使用を承認したとの林の地位も承継したものというべきであるから、乙持分に関する限り、法定更新の規定の適用が妨げられるべき理由もない。そうすると、被告は、前記説示に従い、本件店舗について、その現にする占有がこれを承認した共有者の乙持分に基づくものと認められる限度で占有使用する権原を有するものといわなければならず、抗弁2は、この趣旨をいうものとして理由がある。
4 したがつて、原告の本訴請求中、被告に対し本件店舗の明渡を求める部分は理由がない。
三 金員請求について
原告は、前記のとおり、昭和六〇年九月六日、本件店舗を含む本件建物の甲持分につき、本件競売による持分移転登記を了しており、被告は、原告に対して本件店舗を排他的に占有する権原を主張することができないから、被告による本件店舗の占有は、原告の右持分に対する違法な侵害となるといわなければならない。そして、請求原因3の事実は当事者間に争いがないから、被告は、原告に対し、右同日以降本件店舗の明渡済みまで、甲持分の持分割合に従い、相当賃料の二分の一に当たる一か月五万五〇〇〇円の割合による損害金の支払義務を負うものというべきである。したがつて、原告の金員請求は、被告に対し、右金額の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。
四 結論
よつて、原告の本訴請求は、以上説示の理由ある限度において認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 篠原勝美)